７時49分発　上野行き　特急ひばり1号　
僕はこの列車にひとかたならぬ思い入れがあった

小学生の頃　毎年一度お盆明けに親父は僕を東京へ連れて行ってくれた
その時必ずと言っていいほど乗っていたのが　この電車だった

前の晩　嬉しさの余り胸が高鳴り寝つかれず　寝ぼけ眼で立つ５番ホーム
気もそぞろに列車の姿を探して　レールの先を見つめていた　
やがて眩しいほどのヘッドライトを翳し　カーブを曲がり視界に飛び込んできた車体
今も瞳の奥に焼きついたクリーム色に赤のラインが　定刻にホームへと滑り込んだ
それが一世代前の流線型のボンネット型車両だと　妙に嬉しかったことを覚えている

乗り込むとL特急特有の匂い　モーター音とその振動　旅立つ門出に彩を添える
デッキで見送りの母に手を振り　一抹の寂しさを隠し　自分の我儘をすまなく感じた

それは夏休みの　それこそ年に一度のお楽しみ　その頃になると僕は決まって
上京を親父に強請っていた
あくる日　茶箪笥の上には何気に置かれた乗車券と指定券
財布を持たず　いつもズボンのポケットにお金を忍ばせていた親父
息子のためにと　そこからなけなしの金をはたいて用意立てたのだろう
嬉しさの裏側で　子供心に申し訳なさと親父への感謝の気持ちを強く抱いた

発車のベルが鳴り響くと　母親との一時の別れより　心は遠く東京の空へ
周りを飛び交う時速１２０ｋｍの世界　窓の外の景色に釘付け
時折すれ違う列車の速さに目を丸くし　自動車の列を置き去りにして行く
停車駅では　見知らぬ色合いの電車の群れに心を躍らせていた

やがて県境を越え黒磯へ　ここで電流の切り換えにより一時車内の電気は消える
車内販売で買って食べる釜飯弁当もまた格別　これも旅の情緒
暫くして利根川を越えれば山が減り街並みが出現する　田舎にはない高層ビルと
夥しいほどの車列の波　工事の進む新幹線の高架橋と幾度も交差
胸躍る街　大都会東京　今回はどこへいざなってくれるのだろうか

高層ビル群を縫うように線路は南に導かれ　やがて線路沿いに見慣れた劇場
そして線路の数が幾重にも増え　気づけば国電の青　緑　オレンジと並走
ほどなくして地下トンネルへと潜り込み　終点を告げるお馴染みのメロディー
そして旅の終焉にはお決まりの車内アナウンスが流れる　

やがて膨大な数の電車が居並ぶ広大なホームに分け入り　列車は速度を緩める
人の数は古里の比に非ず　都会のざわめきの中へ降り立った　10時24分上野着
２時間半の至福のひとときに終止符
先端の車止めまで歩き　先頭車両の写真を撮ることもまた旅の思い出
東京は独特の匂い　それと肌で感じる温度がどこか異なる　騒音すら別世界

親父と訪れた場所
上野動物園　国立博物館　後楽園遊園地　豊島園　皇居　野球観戦
船の科学館　野球博物館　交通博物館　NHK放送センター　浅草寺
東京タワー　京王プラザホテル　世界貿易センター　神宮外苑
はとバス　霞ヶ関ビル　国会議事堂　上野演芸場　横浜ドリームランド
そして宿泊は　いつも決まって恵比寿だった

今思えばいろんな所に連れて行ってもらった　親父との思い出はすべて東京にある
夕刻　帰郷の時　時間つぶしでよく訪れた御徒町　そこから乗車駅上野まで露店が
軒を連ねるアメ横　その活気と人ごみに圧倒され　迷子にだけはならぬよう
親父の背中を必死で追いかけた

そして上野駅　両手に抱えきれないほどの手土産を提げた人々で溢れていた
L特急の時間はとうに過ぎ去り　帰郷手段はすべて急行
東北本線のホームには　見慣れたクリームと小豆色のツートン車両
その名は「ばんだい」「あづま」そして「まつしま」
地元まで３時間半の　のんびりとした離京　

僕の記憶にあるのは　乗り込む時刻が遅れ　満員の車内から炙れてしまい　
デッキに新聞紙を敷いて過ごしたこと　遊び疲れた帰り　そこで眠り更けた
決してお世辞にも乗り心地が良いとは言えぬ車内で　走行中窓を開け進行方向を
覗いてみれば　各駅ごとに照明に浮かび上がるホームの数々
時刻表とにらめっこし　過ぎ行く時間を指で数え　旅の残りを惜しむ　

昭和５３年当時４４歳のあなたは　列車の窓辺で薄くなった髪を風になびかせて
ひと夏の終わりを噛みしめている　確かそんな顔つきをしていた
そんな親父もすでに他界し過去の人　気づけば自分も当時の親父の歳になっていた
時の流れの儚さを痛切に感じる今日この頃

その僅か４年後の昭和５７年　東北新幹線　大宮ー盛岡間が暫定開業した
高速化新時代に伴い　それまでの花形だったL特急ひばり号は表舞台から姿を消した
私が愛して止まなかった　あの威風堂々とした勇姿　今も瞳に焼き付いて離れない

古きよき時代の記憶の中の遺産　
僕の心の風景画に　今も鮮明に残像として生き続けている・・・

当時　東北本線を走り一世を風靡した特急

　　　はつかり　やまびこ　はくつる　やまばと　つばさ　ひばり
　　　あけぼの　ゆうづる（寝台特急）